Boyaki 2019

SUPER GT@鈴鹿戦の動きを考える(2019.05.12)

(最終更新:2019/5/16)

 5/16付けで正式にレース及びステージのイベントスケジュールが発表されたので、それを元にあれこれと考えてみます。

出発

 まずは、そもそもの鈴鹿行きについて。通常、鈴鹿行きは夜20時ぐらいに鳥取を出発をして、24時過ぎに高速道路を降りて、24:30ぐらいにサーキット駐車場到着というのが定番。ただ、今回はVIPスイートということもあり、トイレ等のことも考えると、それが難しい。となると、土山SAか亀山SAで車中泊をして、早朝にサーキット入りをするか、この春のS耐のときのように早朝2~3時に出発をして、早朝到着という作戦のどちらか。

 S耐の時の感触でいけば、別に早朝出発でもいいような気がするけど、さすがにSUPER GTとなると遅刻なんかも致命傷になるので、まあ無難に夜出発&車中泊をするかな?。午後休んで、リッチに前泊とかしてみたいけど、お金もったいないしな。

2日目

 今回はあえて2日目から考えてみます。というのも、2日目がどうなるかで1日目をどうするかってことになるから。

 2日目の悩みどころは、ステージをどうするのか?ってこと。昨年の出来高等を考えると、ギャルオンは日曜日の朝だけに絞ってもいいかなぁと思うけど、問題は場所取りがどうかってところ。昨年は、7:50メインゲートオープン、8:00GPエントランスオープン、8:02ギャルオン開始という意味不明な日程で大変だったけど、今年はゲートオープン7:30でギャルオンが8:00から。普通に考えれば、たぶん大丈夫なはず。

 ちょっと気になるのは、さすがにVIP入場とはいえ、VIP側のゲートオープンはメインゲートの時間なのか、GPエントランスの時間なのかというところ。だって、VIPとはいえ、さすがにGPエントランスと同時だと勝ち目が無いですから…。ただ、私が記憶をしている限りは、ゲートオープン時間=GPエントランスのオープン時間だったのって去年だけな気がするし、去年も明らかに通常のゲートオープンよりも前に到着していた陣営が居たわけで、そこはVIPに歩があるんじゃないか?と勝手に想像しています。

 そこが確約出来るようなら、イチかバチか、ギャルオンは決勝日の朝だけに絞り込んで、予選日は完全スルーしちゃうかな?。正直、ちょっと怖いんだけどな。逆にこれで成功したら、新境地開拓だし、明らかに1日目が自由になるからな。

 で、ギャルオン終わりでピットウォークへ。VIPの優先入場が20分あるようなので、これは非常に心強い。昨年のレースクイーンが登場しないという悪夢が蘇るけど、2017年の時は確かにスタートは厳しいけど、それなりにいたようなので大丈夫かなぁと。

 その後は、いつもならグリッドウォークに向けて並んで…なんてことになるけど、今年はVIPでのグリッド参戦なので並ぶ必要もなく、とても楽です。なので、PCCJのグリッドウォークに行ってもいいかなぁと思っているのですが、よくよく見ると、VIPスイートってPCCJのグリッドに参加出来るかどうかの記載は手元の資料には一切無いんですよね…(HP上にも無い)。確か、SGT Squareのゲストパスはサポートレースのグリッドはダメだったような気がするけど、普通に考えてVIPは関係なく入れそうな気がするけど…どうなんだろう…。

 とりあえず、PCCJグリッドに行けたとしたら参加してフレエンのあたりを撮って、VIPラウンジに戻って昼食を食べて、のんびりグリッドへ。

 その後は、いつものように2コーナーあたりで決勝レースを撮るかなぁ。ただ、ずっと2コーナーというのも面白みがないので、1コーナーのスタンドからスタートの集団だけは撮るってのをやってもいいかな?。普通、グリッド参加して1コーナーにスタートまで間に合わせるって相当大変なんだけど、今回、幸運なことにVIPだからグランドスタンド側に出られるし、何なら駐車位置によっては、一度車でマシン装備と一式入れ替えて…なんてことも出来ちゃう訳で。で、その後2コーナーに行けるので、そういうやり方もありかもな。

1日目

 ということで、逆向きであえての1日目。

 もし、1日目のギャルオンをスルーするという考えで行くのであれば、フリー走行はガッツリとマシン撮影が出来ることになります。

 普通に考えれば、ヘアピンなのかなぁという気がしますが、どうしてもヘアピンもワンパターンになりがちで面白くないかなぁと。それなら、あえて逆バンクや5コーナーで流した方が面白そう…だけど、あそこってあんまり午前中は良くないんだよな。

 かといって、スプーンってのもな。まあ、あえて朝一のバスに乗って、スプーンで撮って、ヘアピンまで戻って…ってのもありかもしれないけど。あと、あえて久しぶりに2コーナーの激感エリアっていう選択肢もあるかな。あっ、ここは午前中は逆光だわ…。

 で、ピットウォーク隊列に並ぶ必要がないと考えたら、サーキットサファリの時間までフルで撮影して戻ってきても大丈夫そう

 で、ピットウォークだけど、まあ鈴鹿の予選日のピットウォークは過度な期待はせず、撮れるところだけ撮って、最後にSARDにガッツクってところかな。

 あとはイベント系の内容次第かな。ギャルオンスルーするとはいえ、ブリジストンとドリエン&フレエンあたりのステージがどうなるのか。ドリエンステージだと、脚立オッケーなはずだから、一様車には積んでおくかな。あと、LEXUSも。

平成から令和へ(2019.05.01)

 ついに、平成の時代が終わり、令和の時代に突入しました。本来ならこういう記事は平成最後の日に書くものなのでしょうが、あまりにも10連休が暇すぎるので、令和の初日にあえてこういう記事を書くことにしました。とかいいながら、最近、プライベートでは全く和暦使わないんだけどな(このサイトも全部西暦だし…)。

 元々、このBoyakiのページって、私がその時思っていることをあれこれ書いていたのですが、最近はカメラネタばかりに…。以前はmixiとかTumblerとかに書いていた時期もありましたが、最近はそういうのも止めちゃいましたからね。ということで、平成を振り返る感じで、ちょっと書き留めたいと思います。

小学生

 私が生まれたのは昭和の時代。そして、小学校に入ったのがちょうど平成元年の春になります。なので、「平成X年」がそのまま「小学X年生」と同じになるという感じでした。正直、その頃の記憶ってあまりないので、天皇が崩御されたとか、昭和から平成になったという記憶はほとんどありませんでした。特に低学年の頃の記憶はあまり無いですね。

 小学1年(H1)に鳥取で「’89鳥取・世界おもちゃ博覧会」、小学2年(H2)に大阪で「花と緑の博覧会」、小学4年(H4)に地元新聞社主催の某旅行で南九州に行くことがあったのですが、行ったことは覚えているのですが、どれも詳しいことをあまり記憶していません。あっ、花博が深夜出発だった為、寝起きで家を出たので、サンダルで大阪まで行ったというのはありましたね。我が家の場合、父親が釣り好きということで、隠岐の島や瀬戸内海などにちょくちょく”連れて行かれていた”のは保育園の頃からあったのですが、いわゆる観光的な旅行とかおでかけってほとんど無かったんですよね。土日は家の農業を手伝っていましたし。なので、大人になったときに「遊び方が分からなかった」んですよね(まあ、今もそうなのですが…)。

 性格的なことを振り返ると、大きな小学校でも無かったというのもあり、自分で言うのもなんですが、「クラスのまとめ役」「勉強はまあ出来る方」というポジションでした。小学校時代は生徒会みたいなものもはありませんでしたが、何かあると自分がまとめ役をするというのは多々ありました。勉強については、自分ではそんなに出来る方とは思っていませんでしたが、算数は当時から得意だった記憶があります。当時の担任の先生が、「数式は左から右に持っていったら符号が変わるんだ」というのを私に教えようとしていましたが、後で思えば、先生は中学の数学で習う移項を教えようとしていたのかなぁなんて思ったりもします。

 塾などは受けていませんでしたが、スポーツ的には地元の少年団で野球をしていました。当時から体格は良かったので、なかなかユニフォームの問題などもありましたが、一塁手か捕手をやってました。まあ、そんなに上手くはなかったけど。あと、ちょうど小学5年(H5)にJリーグが開幕したことで、空前のサッカーブームだったこともあり、休憩時間はサッカーに明け暮れてましたね。当時、「どうやったらカーブがかけられるか」とか「インフロントキック」とか。いやぁ、懐かしいですね。そうそう、キックベースとか流行りましたね。完全、夢MORI世代だもんな。

音楽との出会い

 あと、この時代で触れなければいけないのは音楽のことでしょう。私には5つ上と3つ上の姉がいたので、私が小1のときに上の姉は小6。ということで、音楽は姉の影響を強く受けていました。姉が一番早くCDラジカセを買ってもらっていたので、それでカセットにダビングをしてもらっていましたし、あとはNHK FMの夜9時からの「ミュージックスクエア」がフルコーラスで流れるということで、これを録音しておいて、さらにそこから保存用のテープにダビングして…なんてことを当時はしていました。私の記憶だと、一番古いのがH9(1991年)頃で、「どんなときも。」「それが大事」「ラブストーリーは突然に」「SAY YES」とかを聞いていた記憶があります。なので、槇原敬之やCHAGE&ASKAはこの時代にどっぷりでしたし、B'zも「ZERO」とか「愛まま」とか、リアルタイムに聞いてましたね。

 また、音楽に関しては聞くばかりでなく、演奏する方にも手を出していきます。これも完全に姉の影響で、姉2人とも中学で吹奏楽部だったので、自然と私も興味が出てきて、小3の学芸会が合奏劇(何気にアンパンマンのパロディで、私が食パンマン役)だったことで興味も出てきて、そのまま小4・小6に校内の合奏クラブに入ることに。とはいっても、当時はそれほど詳しい知識も演奏能力もそれほど無かったんですけどね。

パソコンとの出会い

 もう1つ、この時代に触れないと行けないのは、パソコンとの出会いです。ちょうど私が小5の頃に、小学校にパソコンが配備された時代でした。といっても、当時は「パソコン=熱に弱いからクーラー完備の部屋で(というか、当時はそもそも普通の教室にエアコンが無かった時代)」だったし、WindowsではなくPC-9821にフロッピーを挿して起動して、「HyperCube」というソフトを起動して使ってましたからね。当時はそれでも画期的でした。私自身、小3(H3)頃にはシャープのワープロ『書院』の2行表示タイプのもの(たぶんWD-A30)や、父のPanasonic製のワープロも操作していたので、慣れはありました。ちなみに私のタイピングは、この書院時代からですね。画像はネットから拝借させてもらいましたが、そうそうコレですよ!。「は・ま・は・ま・し・の・し・の…」とか練習したなぁ…(当時はかな入力だった)。今の若い人は、感熱紙とかインクリボンとか知ってるのかな?。あっ、保存はカセットテープだったっけ?

 そして、小学校最後に忘れてはいけないのが阪神大震災。ちょうど小6(H7)の冬でしたね。鳥取でも震度4でしたが、自宅でもかなり揺れました。ちょうどその頃、自分の部屋が割り当てられた頃で、しかもちょうどコンポを購入してすぐだったので、それが倒れないように、飛び起きて押さえるので必死でしたが、机の上のものは散乱し、ものスゴい揺れでした。ただ、その日は鳥取は結構な大雪(厳密に言うと前の金土が大雪で、月曜が成人の日の振休で、1/17は大雪後の初登校だった)で「6年生は雪かきだ」といって、朝から雪かきをしていたんですよね。で、お昼の給食の時にNHKのニュースをみんなで見てて、高速道路が横倒しになっているのを見て、「うわぁ…」と言葉を失ったのを今でも記憶しています。

中学生

 地元の中学に入り、中学では部活動の入部が必須だったので、姉と同じく吹奏楽部に入部したことで、音楽バカに拍車がかかった3年間でした。楽器は姉の勧めもあってチューバに。チューバなんて人気が無いので、すんなりと決まりますが、2人いた同じチューバの先輩がこれまた音楽バカになりかけた人だったので、ちょっとした教育を受けることに。それまで旋律メインだと思っていたものが、低音パートを自ら演奏することで、音楽的なバランスの重要性に気付かされます。のちに、部長になり自分で指揮をするようにもなり、さらには「それが答えだ」というテレビドラマの影響もあり、どんどんと音楽バカに拍車がかかるようになりました。あっ、そういえば中3(H9)には境港で「夢みなと博覧会」とかありましたね。一様、私も出演したりしましたよ。

パソコンとMD

 また、中1(H7)の秋に、自宅にパソコン(Windows95)が来たことで、DTM(Desk Top Music)にも興味が出始めてきました。がしかし、当時はまだ中学生なのでお金もない上に、ハードウエア音源が全盛期で、ようやくソフトウェア音源が出るかどうかという時代だったので、体験版などをやりくりしながらDTMモドキをやっていました。

 ちなみに、そのパソコン。大学に入学するまでの約5年半ほど、我が家に君臨したPCでしたが、当時はメインとしては父親の書類を作成したりするのをメインでやっていました。Windows95とはいえ、当時はWord&Excelよりも一太郎&ロータス1-2-3の時代で、今でこそ何事もなかったかのようにWord&Excelを使っていますが、この矯正はなかなか大変でした。

 中学時代のガジェットで言えば、忘れ慣れないのがMDですね。中1の夏に部活の顧問の先生の1人が、演奏を録音するのにMDを持ってきたのが初めての出会い。それからあれこれ調べてたら欲しくなって、その年の冬にはSONYのMZ-R3を購入しました。今では考えられないぐらいの大きさのウォークマンですが、当時、録音も出来るものとなるとこれぐらいのサイズはありました。しかも、幸運にもその前年に購入していたコンポに光デジタル出力の端子があって、そのままデジタル録音が出来たんですよね。あれは、嬉しかった!。

中学最後にスランプが襲う

 そうそう、中学時代で忘れてはいけないのが、中3に訪れた大スランプです。それまで、部活はもちろんのこと、生徒会やら何かの実行委員やらでとにかく多忙を極めていた私(私が部長になったときには、それまでなかった”部長代理”という役職が出来たほど)。それが、中3の秋の文化祭で、その忙しさからすべて解放された途端、目指すモノを見失ってしまい、成績も急降下するなど大きなスランプに陥ってしまいました。結果的にはなんとか無事に高校受験で合格する訳ですが、このことから、高校に入った後は部活を続けることは諦めました。

高校生

.KOM@の結成

 高校に入学してからは、部活をしなかったということもあり、かといって、すごい勉強をしたわけでもなく、正直パッとしない生活に。そんな中で、入学してすぐに.KOM@のメンバーである松本氏やP.Oshimaに出会い、選択芸術科目で3人とも音楽を選択したこともあり、ふとした流れで「曲を作らないか?」ということになり、当時の現代社会の先生をモチーフにした曲を作ることに

 その頃はまだ単発的に曲を作るという程度でしかありませんでしたが、高3(H12)の秋には、「どうせなら想い出にアルバムを1枚作らないか?」ということで、大学受験を前にして楽曲制作とレコーディングを重ねて、1st Album ”DOGUMA”を完成させました。といっても、当時はまだお金がなく、私が体験版のソフトをつかってドラムやベースなどのパートを打ち込みで作り、そのテープを松本氏がラジカセでダビングをするときにギターやボーカルを重ねていくという原始的な方法でやっていました。

 そうそう、高校時代といえば、高2(H10)の時に、ちょっと病気か?っていう事件?がありました。まあ、結果的には病気でも何でも無い、単なる太りすぎだったんですけどね。実は、この時に一度大きなダイエットをして、10kgぐらい痩せました。まあすぐに戻りましたけど…。

ガジェット

 高校時代のガジェットといえば、1つはプレステかな。実は我が家ってゲーム機を買ってくれない家だったんですよね。なので、ゲームといえば近所の従兄弟が持ってくるというのが当たり前だったのですが、高1の時にお小遣いでPlayStationを自分で勝ったのが何気に初ゲーム機です。当時はちょうどフランスW杯の頃だったので、EAのサッカーゲームとパワプロをひたすらやってたな。

 そういえば、ガジェットじゃないけど、メガネはこの時代かな。もしかしたらゲームをやりだした影響かもしれないけど、それでも当時はまだ授業中だけで普段はかけてなかったので、高校までの同級生は私=裸眼の人っていうイメージなんだろうな。あとは、MDウォークマンかな。そこそこ通学に時間がかかっていたので、SONYのMZ-E44っていうやつを使って音楽聴きながら通学してたな。あのリモコンはホント、神でした。さらに、.KOM@としての活動もあって、自分もギターが欲しくなり、何を思ってか、高3の秋という一番大事な時期に黄色いレスポールのギターを購入しました。ただ、実際は大学受験のためにすぐに封印されましたけどね。

 大学受験は、勉強はしたけど、それほど恐ろしくやったっていう感じではなかったかな。やったといえば、2次試験の生物対策ぐらい。ホント、この頃は生物バカだったな。センターは、とにかく国語と英語が苦手で、とにかくクセを付けようと模試が無い週末は問題集を使って、センターのクセをつけてたかな。それでも、国語と英語あわせて200点無かったんだけど…。それでも数学が190点超えていたから何とかなったものの、よくこれで受かったと思いますわ。

大学生

 大学に入った時、普通の人ならすぐに免許を取って、車に乗って…というのが普通なのでしょうが、私の場合はなぜかすんなりいきませんでした。というのも、結局原因が分からなかったのですが、大学入学から1ヶ月ちょっとは体調不良が続いていました。今考えれば、5月病だったのかな?。その時もあれこれ見てもらって、肥満が原因で…とかいい加減なことを言われましたが、たぶん大学生活になかなか慣れず、精神的なものだったんですかね。なので、免許を取りに通い始めたのが5月末からで、免許を取ったのが6月。なので、実際に運転を始めたのが7月からで、この頃からようやくバイトを始めました

 バイトを始めたことで、少しずつながらお金が入ってきた、さらには夏休みということもあり、ことがアレコレ動き始めます。1つは、.KOM@としての活動を再開することになったこと。バイト代でハードウエア音源のSC-D70をはじめDTM機材を揃え始め、大学生活のうちは音楽活動を続けていくことになります。また、ちょうど8月にB'z LIVE-GYM ELEVENの鳥取公演があり、当時はまだファンクラウブに入っておらず、チケットを購入することが出来なかったものの、たまたま掲示板(この響きがもはや懐かしい…)で定価で譲ってくれる方がいて、初めてライブを経験。以後、スピッツなどのライブにも脚を運んだりするようになります。

このサイトも気けば18年目

 また、このサイトで避けては通れないのが、このホームページが出来たのが、実はちょうどこの頃なんです。当時は、「Ke-Kun Home」という名前でしたが、元々は、先の.KOM@の活動を紹介するのが目的で、独学で始めました。しばらくは、B'zネタやDTMネタなんかもありましたが、もう何気に今年の夏で丸18年になるんですね。我ながらスゴいわ…。

 皆さんに向いた話ではないのですが、この機会に自分のサイトの遍歴を整理してみました。

Ver.1 2001.07 「Ke-Kun Home」の運用を開始
2002.01 「Ke-Kun City」を運用し、その中の.KOM@・B'z・Ke-Kun Homeという形態に
Ver. 2002.12
2003.01 B'zネタが加わる
Ver.6? 2003.09
Ver.7? 2003.09
Ver.8 2004.02 左リンクメニューにリニューアル
Ver.9 2004.04 左リンクメニューを廃止し、ボックス化へ
Ver.10 2004.07 上リンクを実装し、リニューアル
Ver.11 2006.xx 上リンクを廃止
Ver.12 2007.11 CSSベースにリニューアル。Boyakiコーナーが復活
Ver.12.5 2009.04 リンク形状の変更、文字サイズの変更し、マイナーバージョンアップ
Ver.13 2009.05 名前を『Ke-Kun Base』へ名称変更
2010.10 Twitterを開始
2010.12 サーバー移転
Ver.14 2011.01 さらなるCSSベース化へ
Ver.14.2 2011.05 現在の基礎となるVer14.2となる。撮影記ページが登場。
Ver.15 2012.04 さらなるCSSベース化へ。トップページに写真を掲載し、撮影記がメイン化
2015.02 写真用Twitterアカウントを運用開始、Today's Photo連投開始
Ver.16 2016.01 Bootstrapを利用したレスポンシブ化を完了する
2016.03 Picasa終了に伴い、flickrを始める
2018.07 ke-kun.comへ引越し
2018.11 Flickr有料化に伴い、画像データを順次自サーバーへ移動開始
2019.01 脱Flickr、脱Picasaを完了し、晴れて全コンテンツ自サーバーへの引越しを完了

 ただ、正直、初めの1年ぐらいはあれこれ毎月のようにリニューアルをしている割に、当時のデータが残っていないものが多く、何をもってバージョンという表現をしてきているのか、私自身も分からない感じになっています。一様、Ver表記を始めているのは2004年からしか残ってないんですよね。

 当初は、.KOM@と共同運用だったのはいいのですが、DTM系やB'zネタが多くて、就職をしたあたりで自分の内容だけに絞り込んで、写真を本格的に始めた2011年頃のVer.14.2から今の基本となる撮影記事がメインになっていったという感じですね。今やそれが当たり前の我がページですが。

 一時期は、ガラケー対応サイトを作ったり、スマホ対応ページも作ったりしましたが、今はレスポンシブ化により一本化。これで飛躍的に変わりましたよね。さらに、昨年夏にようやくレンタルサーバーを借りて、この冬には脱Flickrにより完全自サーバーに変更になったことで、容量も気にすることなく、更新作業も楽になりました。

 今後の懸念としては、サイト全体のページ数が398ととてつもない数に膨れあがってきて、管理が大変になっているのはもちろんのこと、何よりホームページビルダーが激重な上によく落ちるんですよね。Dreamwaverに乗り換えも考えるのですが、さすがに18年間も愛用してきたってのもあるし、div要素をid化しておくと、同期が可能になるので、それでだいぶん楽をさせてもらっているという事実もあるんですよね(もしかしたら、それも他社製でも出来るのかな?)。

 さて、本題に戻りますが、今では考えられないですが、当時我が家はまだ普通の電話回線でインターネットをしていました。なので、父親が飲み会の日なんかにネットに繋いでいたら、「家に電話しても話し中で繋がらない」と怒られたこともありましたね。そんな我が家にADSLが来たのは大学2年ですね。

父のがん宣告と他界

 大学2年といえば、秋に父親がステージ4の末期の肺がんだと宣告されたことが今でも忘れられません

 今でこそ、がんと宣告されたら本人にも教えるというのが当たり前になってきているようですが、当時は「がん=本人には伏せる」という雰囲気がまだあった時代でした。先に、母親と私が宣告を聞き、父親本人に伝えるかどうか迷いましたが、結局本人には伏せたままにしました。

 私の中で、未だにこの選択は正解だったのかどうなのか、ひっかかったままです。病気療養中に父親と車に乗っているときに、父が「今頃はがんでも本人に宣告をするけど、言わないってことはがんじゃないんだろう」と話していて、私は何も返す言葉もありませんでした。宣告していたからといって、直るわけでもないのですが、何かやりたかったこともあったのではないだろうか。

 そして私自身、亡くなるまでの1年間、本音が言えないまま過ごすことになり、ずっとモヤモヤした感じで過ごしていました。なので、今でもこのことに対する疑念は無くなることはありません。

 翌年の秋に父は他界をする訳ですが、私の中で印象的だったのは、とあることで父親に自分の名前の自筆をお願いしたときに、体力が落ちて自分の名前が書けなかったんですよね。あれは、相当ショックでした。何というか、あれだけ強い父があんな感じになってしまった…と。実際に亡くなったときは、死に目には会えませんでしたが、朝亡くなって翌日の葬儀ということもあり、とにかくドタバタであまり泣いている余裕もありませんでした。すべてが終わり、自宅に帰ったときにドッと疲れが来たのを今でも覚えています。

写真の大切さ

 そして、この父の他界の時にもう1つ思ったのは、あまり写真が無かったということ。職場伝いで行けば何かしらあったような気もしますが、父親は写真嫌いだったので、プライベート上の写真というのは私が小学校時代のものより若いときしか残っていませんでした。なので、結局、家には私が保育園のときの写真を使うことになりました。

 前にも紹介したことがありますが、ちょうどこの頃、ジャパネットたかたがあるCM(「新しい人。ビデオカメラ篇」)を流していました。

 「子供の頃の自分を見て喜ぶ男は少ない。僕は今、古いビデオの中の父の姿をじっと見ている。
 僕を叱る顔、僕をなだめる顔、僕を見守る目。そんな父の姿は、遠い幸せな日々に僕を連れ戻してくれる」

「子供のために僕を撮ろう」

 ホント、見事に私もそう思いました。私も、あまり昔の自分の写真をマジマジと見るのって…と思っていたが、不思議と自分よりも親の姿が気になったりする。「どういう思いでいたのかな?」…なんて。

 別にこれをキッカケで写真を始めたわけでもないのですが、この頃から「写真って大事なんだ」と思うようにもなりましたし、メインの被写体を撮るのも大事だけど、それを取りまく周囲も撮っておくのが大事なんだと。そう心がけるようになりました。

 ただ、最近ちょっと思うのは、自分の写真が無いんだよね…

デジカメとPCとF1

 さて、話を本題に戻しますが、そんな私が自分のカメラを持ったのは大学2年(H20)の春でした。当時は、とにかくテレビにしてもビデオデッキにしてもSONYでそろえていたということもあり、深く考えずにSONYのDSC-P71を選びました。ただ、当時は大学での作業などを撮るのがメインで、プライベートで撮るというのはホントにたまでした(まだ父が亡くなる前だったので)。また、当時からちょこちょこ風景写真を撮ったりしていたのですが、それは.KOM@のアルバムのジャケット写真に使えそうな写真を残していたという感じでした。

 あと、大学時代から、パソコンが完全に自分のものになりました。大学入学当初に、「大学に入学したら授業でもパソコンがいるから」とSONYのVAIOノートを買ってもらい、ホント、可哀想なぐらい使い倒しました。なんてったって、ノートPCで何枚CD-Rを焼いたんだ?って話ですからね。ただ、さすがに当時のDTMはだんだんプラグインのソフトシンセ化していく時代で、PC性能が重要視されてくる中で、大学3年でDELLのデスクトップPCを導入。のちに、あれこれ増設を図っていく訳ですが、当時の.KOM@サウンドの生みの親はコイツですよね。

 もう1つ、大学時代で大きいのは、F1を見始めたこと。実は、大学1年にはスカパーを契約していたのですが、当時はB'zネタを見る方がメインでした。それがF1を見るようになったんですね。正直、未だに何がキッカケだったのかは覚えていないのですが、バイト先にF1好きの同世代がいたのが影響をしていたのかな?。私が記憶している限り、2003年のオーストリアGP(シューマッハがピットインした時に炎が上がるヤツ)からは見た記憶があるんですよね。ただ、当時の私にとっては、「モータースポーツ=F1」ぐらいな感じで、それ以外のレースには全く興味がありませんでした。っていうか、当時のF1は面白かったんだよな。

社会人

 そして、H17に大学を卒業し、社会人に。そうそう、社会人一発目は覆面パトカーに捕まったってことですよ。忘れもしない5月5日のこどもの日。まあ、スピード出していた私が悪いんですけど、ホント、あれからしばらく白いクラウンを見たら全部覆面パトカーに見えましたからね。そして、初任給で罰金を払うというなんとも寂しい話で、毎年若手の職員が入るとその話を思い出します。

 あと、大きなのはH20の家の建て替えですかね。間取りなどの検討も含めると、1年がかりでしたが、ちょうど下水道の配備とかもあり、法事なども考えるとこのタイミングでした。さらにこの前の年に地デジ化ということで、一気にテレビは液晶化していきます。

 ガジェット系では、家が落ち着いた翌H21にiPhone 3GS、H23にiPad2と進化をしていきます。今ではバリバリのAndroidユーザーの私ですが、意外とiPhoneを持っていたことは近い人でも知らなかったりします。しかも、私の場合は昨年までガラケーとの2台体制で運用していたので、かなりレアですよね。

写真を始めたキッカケ

 そしてついに、私が一眼デビューをしたのが、H23の6月。α55が初代機でした。実は、私が一眼デビューをするキッカケは、その前の年に購入したDSC-HX5Vという名機と呼ばれたコンデジ。フルHDで撮影出来るコンデジとして、当時としてはかなり画期的だったのですが、このカメラを購入するときに、写真撮影のガイドブックみたいなものが付いてきたんですよ。そこで、露出補正や絞り、シャッタースピードといった写真の基礎知識を身につけていく中で、コンデジの限界を感じてデジイチに手を出したという訳です。当時のBoyakiにも書いていますが、当時はα55とNEX-5(無印)で悩みましたが、結果的にα55経由でEマウントに戻ってきたとはいえ、α55を選択したのは間違っていなかったと思います。何故って、NEX-5を使っていたら、絶対モータースポーツ撮影はしてなかっただろうから。それを思うと偶然なんですよね。

CX-5とオートポリス

 あわせてもう1つ偶然だったのは、その翌年のH24にCX-5を購入したこと。実は、この年の5月に契約をしたのですが、春の時点では買い換えるつもりもありませんでした。それが、職場のとある後輩と車の話をして、「マツダの新しいやつとか、気になりませんか?」って話になり、その時は「何かブサイクだなぁ」と思っていたのですが、しばらくするとむしろあれがカッコイイと思うようになって…。試乗もして、もうコレしかない!と思って購入した訳ですが、5月に契約をして、実際の納車は9月の頭で、それだけ当時のCX-5は人気車種でした。

 で、せっかく新車が来たんだから撮影旅行でも行きたいなぁと。そしたら、ちょうど大学の同期が今、熊本にいるし、職場の後輩も大学時代熊本にいたから道案内出来るし…それなら熊本行こうか!ってことで、納車6日にして熊本へ2泊3日の旅行をすることに。「じゃあ、どこ行きますか?」って話をしてるときに、「どうもサーキットが近くにあるぞ。しかも、自分の車で走れるらしい!」と2日目にオートポリスに行くことになった訳です。

 それで、この動画を撮った(撮影したのは後輩)のですが、これを機に国内モータースポーツが気になり始めます。ちょうどその数週間あとにSUPER GTのオートポリス戦が開催され、それを見てから、もうどっぷりって感じですね。

 今では信じられないかもしれませんが、当時の私って、写真を撮っていたといっても風景ばっかりで動きモノはほとんど撮ってなかったんですよね。翌H25には、SUPER GT岡山戦に行きたいなぁと思いながらも、どうもチケットよりも駐車場確保が厳しいらしいぞってことで、デビューはファン感謝デーという名のSUPER GT公式テストへ。

 これが初めてのモータースポーツ撮影でしたが、さすがに1人では不安だったので職場の後輩を2人巻き添えにしました。同年の夏には、F3とGT ASIAに行き、本格的なレースデビューを果たします。

 ただ、実はこの時はレースクイーンの方も何人かいたのですが、ほとんど撮影はしませんでした

 以前にも書いたことがあるのですが、当時の私は「レースクイーンを撮るなんて…」「カメコじゃないんだから…」と後ろめたさがあってほとんど撮影をしていませんでした。ただ、H26に「コヤブのガチピン写真館」という番組でグラビアアイドルの撮影をしているのを見ていて、その面白さを感じ、ちょうどその春に船上山さくら祭りのモデル撮影会を経験したことで、一気に変わっていきます。ここからの話は今更書くほどではないと思います。

仕事に追われた20代後半

 にしても、どうして私がここまで写真撮影、特にサーキット撮影にどっぷりになったのか。確かに、モータースポーツが好きですし、レースが好きです。そして、今ではレースクイーンも好きですよ、特にまっち様とか…。

 ただ、それ以上にサーキットに行って撮影に没頭していることで、他のことを忘れられるというのが大きいんですよね。過去のBokakiを見てもらったら分かるのですが、ちょうどH20(2008年)~H24(2012年)の頃って、仕事が本当に忙しくて、正直おかしくなりそうだったんですよね。夜残業は当たり前、休日もほとんど出勤していて、1ヶ月で本当に休んでいるのは2~3日程度というのが当たり前。「どうして、1週間は7日しか無いんだ!。10日あればもうちょっと仕事出来るのに!」と本気で思ってましたから。ただ、その一方でホントに休みになると何もすることがない自分がいたんですよね。

 そうした時に、サーキットに行くのって、普通の撮影とは異なりチケットを買うので否応でも行く日が決まるし、買った限りは行くんですよね。で、行くなら行くで、ああしようこうしようと悩みが増えるのですが、案外この考えている時も楽しい。で、いざ、サーキットに到着をしたら、2台持ちの時代は携帯電話を車に置いて、スマホだけを持って行くから、要らない連絡は来ないし、撮影している間は仕事のことを忘れられる。そうこうしていたら、「あと何日したら休みになっちゃうよ」という意味不明な焦りだったのが、「あと何日たったら休みになるから…」とポジティブな思考になるように

 幸い、仕事もある程度選択と集中が出来たことで、いい方向に転がりだしたのです。初めにも述べたとおり、私って小さい頃にお出かけとかをしなかったので、遊び方が分からなかった。その遊び方をやっと30才にして分かってきたというのが恥ずかしながら、私の平成の時代なのかもしれません。

やっぱり健康が大事っすよ!

 最後、もう1つ触れておかなければいけません。

 そう、昨年末に入院をしていたということです。結論から先に言えば、糖尿病です。はい、もちろんⅡ型です。まああ、これだけの体格をしていれば、そりゃなるだろうなとは思ってました。

 職場の健康診断も、実はH28(2016年)から異常値になっていて、紹介状も出ていたのですが、正直、紹介状自体は毎年出ていた(肝機能。おそらく肥満性の脂肪肝)ので、それほど大事には考えていませんでした。それが、翌H29の健康診断の問診の際に医者から「この数字は異常値ですから、早く病院に行きなさい」と言われたものの、「いやあ、仕事が忙しくて…」とその場をスルー。そしたら、昨年になって自宅にも異常値なので病院に行きなさいという書類が届き、また自覚症状がチラホラ出てきたことから、「これは病院に行かないといけないかもしれない」と思い始めました。ただ、いきなりフラッと行く勇気もなく、結果的に夏の健康診断を受けて、案の定、医者に怒られ招待状をもらい、秋にようやく病院へ。ここで、宣告された訳です。

 医者のすすめもあり、いわゆる教育入院というやつを1週間して、検査をしながら病気に対する知識を身につけました。幸い、私の場合は軽度だったのか、薬物療法無しの食事療法だけで一気に改善し、年明けにはほぼ正常値にまで下がり、現在に至っています(一様、念のため2ヶ月に1回通院してますが、ほぼ経過観察っていう感じです)。ただ、私の中では血糖値が下がったことで、確かに自覚症状が無くなったものの、それほどの実感ってあまり無かったんですよね。ただ、さすがにここ最近、体重も落ちてきたということで、我ながら痩せたことと身軽になったことを肌身を持って実感するようになりました。

 あえて縦グラフの目盛は掲載していませんが、もう少しで就職した当時の数字に近づいてきました。ピークは3~4年前なので、2015~16年。ちょうど血糖値が高かくなった時期と同じなんですよね。そういえば、鈴鹿の2コーナーで脚が痙ってもがいたのって2016年。そう、実はこれが原因だったんですよね。

 さすがにこれだけ痩せるとどうなるとかと言うと、ズボンにしても服にしても、もうブカブカになるんですよね。ホント、ダイエットのCMみたいにウエストに握りこぶしが余裕で入っちゃう。これまで服にしても上着にしても、「サイズが…」と心配していたものが、選択肢が増えてくるし、何より買ったけど「小さくて着れないや」と諦めていたものが着れちゃう。何ならカメラバッグとかでも、「これ、ベルトが短いからキツイな」と諦めていたヤツが使える。さらには、身軽になったことで動くのがホント楽。先日の船上山さくら祭りも毎年息を切らしながら登るのですが、それでも今年は一番楽だったもんな。よ~く考えれば、私のカメラ歴ってまだ8年ぐらいだから、カメラをしている中では何気に今が一番軽いんですよね。それは最近つくづく感じています。

 私の思いとしては、出来れば高校時代ぐらいまでには戻りたい。もちろん、それでも太り気味に変わりは無いけど、それぐらいには落としたいよね。

 で、この流れ(!?)で、結婚とかしたいなぁと密かに思ったりしてます。っていうか、いい加減、今年で37才ですからね。世に言う「平成ジャンプ」ってやつを達成しちゃいましたし。実は、以前にノリで占い師さんに恋愛とか見てもらったことがあるのですが、その時に言われたのは「あなたは37才で結婚する」って言われたんですよね。さあどうなることやら。

 ってな感じで、かなり長文になりましたが、全然まとまりなく終わります。

今後のカメラ運用を考える Part.2(2019.04.30)

想像以上に良かったα6400

 実は2月にも同じ記事を書いたばかりなのですが、あえてこの短いスパンで立て続けで似たようなことを書いてしまいます。

 というのも、ハッキリ言って、想定以上にα6400の完成度が高かったんですよね。これは、ホントに想像以上でした。

 やはり一番はリアルタイムトラッキングですね。

 買うまでは、「過剰な期待をしてもな…」と安易に考えていましたが、これはなかなかヤバい性能で、マシンを狙うぐらいなら十分追っかけてくれる。しかも、瞳AFとの連動で後ろを振り向いても追いかけ続けてくれるので、フレエンのライブのような踊る撮影では、これほど頼もしいものはない感じ。

 なので、実は私の今持っている装備の中で、AF性能はダントツでα6400が最良という感じになってしまいました。そして、このリアルタイムトラッキングを味わうと、ブラックアウトフリーで追いかけ続けるα9の性能に憧れるし、APS-C版のmini α9の発売が気になるというのが正直なところなんですよね。

 しかも、あの小型ボディでしょ。実は本音を言うと、α7IIIとRX100m6を購入するときに、α6500を売却してしまったのですが、あれ自体は手元に置いておくつもりだったんですよね。フルサイズに手を出したことで、改めてあのサイズ感と重量感って魅力を感じるんですよね。

 そう考えていたら、手元に置いておいてもいいかなぁと思っちゃうんですよね。この度のSGT開幕戦@岡山のように、知人に貸すということも出来ますからね。

APS-Cフラグシップはα6500後継機、mini α9か

 一時期よりは噂があまり出なくなったAPS-Cのフラグシップ機の情報。それでも、一部には6月に登場するという声も聞こえています。ただ、当初はmini α9という情報が多かった一方で、ここ最近はα6500後継機という情報が多くなってきています。

 ここで重要なのは、APS-Cフラグシップをα6x00シリーズのボディにしてくるのか、α7/9系のボディにしてくるのかという点でしょう。個人的には、前にも述べたとおり、α7/9系の中央EVFボディが一番理想です。バッテリーはもちろんZバッテリーで、ブラックアウトフリーのリアルタイムトラッキング。そして、縦位置グリップ対応。出来れば、α9/7RIII/7IIIと共通で。そしたら、純正の縦位置グリップをもう1つ買ってもいいし。

 ただ、最近の雰囲気はα6500後継機としての登場だと、α6x00系のあのボディ、横EVF、縦位置グリップ無しになりそうな気がするんだよな。その場合、せめてZバッテリー、縦位置グリップ(最低でもグリップエクステンション)対応、カードスロットをバッテリーカバーとは別、この3つはどうにかしてほしいな。

レンズはほぼほぼ揃ったが…

 レンズについては、ここ数年でほぼほぼ揃いました。先日もSEL135F18GMを購入し、まあ単焦点も見事なまでに揃ってきています。

フルサイズ

 そのフルサイズに関しては、本当で撮影には困らないぐらい揃ってきました。あえて気になるとしたら超広角の分野ですが、そこはあまり使用頻度が高くないので、買っても多分使わないだろうな。

 むしろ、最近ちょっと気になるのは24mm F1.4 G Masterですね。サンセットスタジオやイルコさんなどもレビューしていますが、小型軽量な上にF1.4がちょっとしたスナップでもほどよく背景がボケるから、何気ない写真がいい感じに映るんですよね。それでいて、開放から解像度がメチャクチャいい。すぐに欲しいという感じではないけど、気にはなりますよね。

 あとは、ここ数年噂されている200-600mmがどういう感じで出てくるかですね。普通に考えるとかなりの大きさになると思われるので、今の100-400mmよりも大きくなるのはちょっと嫌なんですよね。ただ、100-400mmってフルサイズでテレコン装着すると周辺減光というか、ケラレレベルが発生するというのも厄介なところ。なので、個人的にはAPS-C運用で解決したいと思っているので、たぶんここは手は出さないかな。

APS-C

 α6400を購入したタイミングで、SELP1650は買い戻しましたが、買い戻しという点ではSEL1018をどうしようかなぁという所でしょうか。ただ、これも必要性はそれほど高くないので、急ぐ必要もないんですけどね。

 それよりも、α6400に合わせて使える小型軽量の単焦点が欲しい。しかも、16mmあたりのやつ。SIGMAが16mm F1.4 DC DNを出していますが、もうちょっと小さくならないかなぁと。純正ではこのあたりってありそうで無いんですよね。

SUPER GT開幕戦@岡山の動きを考える(2019.04.08)

スポンサーステージとピットウォークの感覚が明らかに例年よりも狭い

 今回のスケジュールが出て、真っ先に気になったのが、スポンサーステージとピットウォークの時間差が明らかに少ないこと。特にこれまで予選日は1時間以上あったのですが、今年は35分後にはピットウォークが始まってしまいます。果たしてこれでどれぐらいの位置での入場になるのか?というところ。

Day.1 Day.2
ステージ PW ステージ PW
2019 ~11:40 12:15~
(35分後)
~9:00 9:35~
(35分後)
2018 ~11:00 12:25~
(1時間25分後)
~9:00 9:45~
(45分後)
2017 ~11:10 12:25~
(1時間15分後)
~9:30 9:55~
(25分後)
2016 ~11:15 12:25~
(1時間10分後)
~10:15 12:00~
(1時間45分後)
2015 ~11:15 12:25~
(1時間10分後)
~10:00 12:00~
(2時間後)

 ということで過去の実績を並べてみました。

 こう並べてみても、明らかに今年が時間が無いのかが分かると思います。

 一様、決勝日まで含めると、昨年が45分前(といっても実は10分ほど早めに終わったので実質的には55分前だった)でしたが、案外問題がありませんでした。ここが正直、不安です。

 場合によっては、どちらかステージをスルーするという選択肢もありなのかな?。あとは、LEXUSステージや他のブースの動きによって、どういう日程で動くのか。それが結構悩ましいところです。

どのステージを重視するのか

 これも過去に書いたこともありますが、この表が昨年のSGT開幕戦での捕獲率です。

  予選日 決勝日  捕獲率
ギャルオン SQUARE TIME ギャルオン
1 93%
2 × 93%
3 × 91%
4 × × 89%
5 × 88%
6 × × 75%
 7 × ×  64%

 これを見てもらうとよく分かりますが、予選日の捕獲率って実は低いんです。何なら予選日のギャルオンとSQUARE TIMEを両方狙うのと決勝日のギャルオンだけを狙ったのがほとんど変わりません。実際に昨年の鈴鹿戦も、予選日が強風のため、ギャルオンもSQUARE TIMEも無く、仕方なく決勝日のギャルオンとPWだけの撮影となりましたが、それでもギャルオンだけで86%の捕獲率になりましたからね。

 とは言っても、前にも書いたかもしれませんが、精神的に良くないんですよね。出来れば、土曜日にある程度撮影して、夜にチェックしながら誰が撮れたっけ…ってやった方がPWの作戦を立てたりするにもいいですからね。そこが悩ましいところです。

Day.1

 Day.1の注目は、チームスポンサーステージの前に子ども向けのプレゼント抽選会があるという点。これ、昨年のオートポリス戦の1日目もそうだったのですが、必然的に朝からの場所取りが出来ません。逆に言えば、抽選会終わりで一気に場所取りに動くというパターンなので、午前中の公式練習が撮影出来ます。場所取りのことを考えても、抽選会が終わる20分前ぐらいには臨戦態勢にしておく必要があるでしょうから、そう考えても9:30頃まで30~40分ぐらいは少なくともマシン撮影が出来そう。

 決勝レースが最終セクターになることを考えれば、1コーナースタンドってのが常套手段でしょうか。(ただ、例年のパターンとして、ここで撮影していると、一脚なのに「三脚はダメです」って怒られるんですよね。)

 で、早めにステージに行って、抽選会終わるで場所確保して、ギャルオン参加してのピットウォークは時間が心配だけど、まあそうするしかないでしょうね。

 問題は午後。SQUARE TIMEを狙うのか、LEXUSステージにするか、はたまた別のブースを…。そう考えても、少なくともQ1ぐらいまではマシン撮影出来るのかな。

Day.2

 決勝日は、朝一で場所取りをして、ギャルオン~PWってのが常套手段。PCCJは、フレエンが出ない気がするけど、そもそも誰がいるのだろう…といっても、他にすること無いからなぁ…。で、あとは待ちに待ってグリッド参加して、レースは最終セクションっていう流れでしょうね。

 というか、決勝日はこれしかやりようがないもんな…

S耐@鈴鹿戦の動きを考える(2019.03.12)

ギャルオンは撮るのか?

 これ、毎回悩むんですよね。ただ、HPの記事でも書いているとおり、岡山やオートポリス戦の時は、案外ピットウォークで撮りきれちゃうのでギャルオンはスルーすることが多いんですよね。

 ただ、鈴鹿戦だとさすがに厳しいだろうと。で、2017年6月のS耐@鈴鹿戦のときの実績を見てみると…

  【予選日】 【決勝日】  捕獲率
PW 撮影対応 PW GW ギャルオン 撮影対応
1 100%
2 94%
3 92%
4 70%
5 54%
33%
6 17%
 7 11%

 こうしてみると、ギャルオンを撮ればコンプリート出来るのかというとそうでもなくて、ギャルオンに参加しないRQも1割弱の10名程度はいるということ。むしろ、土日のPWをきちんととれば、実はギャルオンよりも高い捕獲率になるんですよね。実際、1日目は時間的に間に合わなかったとはいえ7割の捕獲率で、2日目は1日目撮影した人をスルーしながら時間が余りながらの54%。なので、もう少し確認しながら撮影する精度を上げれば、鈴鹿とはいえ無理をしてギャルオンを撮る必要はないんじゃないか、というのが私の結論ですね。

サーキットでの行動を考える

 あくまで、今回のS耐@鈴鹿戦は、どちらかというとお姉様撮影を軸とした参戦。とはいえ、HPのネタ的にもマシン撮影を一切しないというのも味気ないので、少なからずどこかで撮影をしたいというのが本音。

1日目

 今回は、S耐の遠征としては初めて金曜日は参戦せず、土曜日からの参戦。いつもの土曜日からの鈴鹿参戦なら、金曜日の20時出発で24:30サーキット到着で車中泊というのが定番なんだけど、いつも車の中で寝れる寝れないか微妙なことを考えれば、あえて土曜日の朝に出発するのもありかと。2年前のS耐のことを考えれば、朝7時ぐらいには到着したい気はするけど、そうなると鳥取市内を2時半~3時には出発かな

 土曜日は、ステージイベントが昼までほとんど無いので、ステージの場所取りをしてしまえば、マシン撮影をするならこのフリー走行のタイミングかな。1時間の走行時間があるので、定番で2コーナーに行くか、逆バンクに行くか。

 個人的には、荷物をVIPスイートに預けて、最小限の荷物だけで移動したい気持ちがあるけど、そのあと30分後にピットウォークがあることを考えると、なかなか時感が無いかな?。5分前の11:05にPW隊列並ぶとして、10分前にVIPを出るとして10:55。2コーナーからVIPスイートまでを考えると20分だとして10:35か…。ってことは、10:30で切り上げれば何とかなるかな。

 で、PWに参加をして、その後フレエンライブへ。ギャルオンは先のことも踏まえると、あえてステージを狙わずに、撮影対応を狙いたいところ。その後のフレエンは状況次第かな。その後は、86/BRZのグリッドにもいけたりするけど、RQも何人かいるような感じだから、このグリッドを撮影して5時前ぐらいにはサーキット離れてホテルへってところかな。

 となると、機材的には…

ボディ レンズ
マシン撮影 α6400 SEL100400GM
ピットウォーク α7RIII SEL70200GM
フレエンライブ α7III SEL70200GM
必要に応じて1.4倍テレコン使用
撮影対応 α7RIII SEL70200GM
86/BRZグリッド α7RIII SEL70200GM

 って、感じかな。これなら、マシン用とそれ以外でバッグを2つに分けて、ピットウォーク前にVIPスイートに戻って…というのが理想的かな。

2日目

 2日目は、ゲートオープンが7:45。2年前よりも15分程早いですが、6:30からの朝食ならパパッと食べれば大丈夫かな

 で、朝一でステージの場所取りをして、しばしVIPスイートで休憩してフレエンライブからのピットウォーク。

 それから、一度VIPスイートに戻って11:30からの昼食を急いで食べてグリッドウォークへ。

 で、グリッド終わりでフレエンライブに行って、中休憩しつつ、夕方のギャルオン終わりの撮影対応って感じかな。

 昼からのフレエン終わりは1時間半ぐらい時間があるので、またどこかにマシン撮影に行ってもいいかなぁ。

 正直、フレエンライブをここまで狙う必要ないんだけどね。

ボディ レンズ
フレエンライブ α7IIIもしくはα6400 SEL70200GM
必要に応じて1.4倍テレコン使用
ピットウォーク α7RIII SEL70200GM
グリッドウォーク α7RIII SEL70200GM
フレエンライブ α7III SEL70200GM
必要に応じて1.4倍テレコン使用
撮影対応 α7RIII SEL70200GM
マシン撮影 α6400 SEL100400GM

今後のカメラ運用を考える(2019.02.03)

 毎年、年に1回ぐらい、こういう記事を書いている気がしますが、こういうことは定期的に頭を整理することも必要だと思っています。

α7000(仮)に手を出すのか?

 今年のSONYの動きとして、キーになるのは間違いなくAPS-C機のフラッグシップ機の登場です。噂段階では、α7000と呼ばれたり、α6700と呼ばれたりしていますが、個人的には、α7系のボディになるであろうと見て、あえてα7000と読んでこのあとの話を進めていきます。

 APS-C機のフラッグシップ機については、あくまで噂段階ではあるものの、現在のAPS-C機の現状やプロからの要望等も考えると、登場しないわけがない機種です。

APS-Cフラッグシップ機の必要性

 そもそも、どうしてAPS-Cサイズのフラッグシップ機が必要か。それは、写真という面から考えれば、間違いなく焦点距離の問題であろう。100-400mmが登場したり、400mm F2.8が登場したとはいえ、どうしてもスポーツ系や動物系の撮影をするには、もう少し焦点距離が欲しい。そう考えたときに、フルサイズ機とともにAPS-C機が欲しいというのは間違いない。それは、今までのD500や7D Mark.IIなどを見ても一目瞭然だ。むしろ、それ以外の高画素Rシリーズや高感度Sシリーズなどの分野はフルサイズに任せればいいので、どうしても求められるのはAF速度になる。

おそらくmini α9になる

 そう考えたときに、APS-Cのフラッグシップ機は、間違いなくミニα9になるのは間違いないと思われる。それはα6400の発表でもうかがえる。正直、今回のα6400は、今のα6300/6400/6500で使われているセンサーでMAXのAF速度だと思われる。正直、これ以上の性能や追従性を確保したければ、α9のように、電子シャッターで秒間60回のAF/AE演算処理をしなければ、そのポテンシャルは発揮できないだろう。そう考えると、α6400以上のAFを求めた場合、間違いなくミニα9のようになるのは避けられないだろう。

α9ではなく、α7000が欲しい理由

 なら、いっそのこと、α9を購入すればいいんじゃないの?と思うかもしれません。正直、私もずっとそれを考えてきました。中古なら30万円ぐらいから買えちゃいますし。

 だけど、なぜα9を購入しなかったのかというと、良くも悪くもフルサイズだから。先にも述べたとおり、高速AFが欲しいシチュエーションって、どうしても望遠域が多いんですよね。そうなると、フルサイズよりもAPS-Cの方が都合がいい。サーキット撮影でももちろんそうだが、例えばステージを撮影したりする場合でも、ナナニッパ×フルサイズだと焦点距離的にもう少し欲しいというシチュエーションも意外と多い。そうなると、やっぱりα7000が欲しいのだ。

MC-11との組み合わせで、レンズバリエーションが増える!?

 もちろん、今の時点のα7IIIやα7RIIIを使っても、MC-11は使えるのですが、実はAF-Cは非対応で、どうしても連写をすると1枚目にAFが固定されてしまうという問題があるんです。ただ、実はα9はその制限がない。これは、SONYのAマウントアダブターであるLA-EA3でそうなるので、おそらくMC-11でも挙動は同じだと思われます。

 つまり、その裏を返せば、α7000がミニα9になるのであれば、対応してきてもおかしくないはず。

 そうなると、何が起きるのかというと、純正ではないレンズバリエーションが増えるということ。例えば、望遠域で言えば、150-600mmや60-600mmといった、サーキットでお馴染みのレンズが余裕で使えてしまう。はたまた、APS-Cということもあり、SIGMAの18-35mm F1.8や50-100mm F1.8といった個性派レンズも使えてしまう。こういったところも結構大きいですよね。

α7000をどうのように運用するのか

活躍は間違いなく望遠域

 先にも述べたとおり、もしα7000が登場して購入したとしたら、使うのは間違いなく望遠域だ。

 サーキット撮影なら、100-400mmを装着すれば、150-600mmに匹敵する。それだけでも結構十分だが、1.4倍テレコンで840mm、2倍テレコンで1200mmになる。F値の問題も、α9がF16対応にバーションアップするようなので、α7000も同様に対応してくる可能性は高い。

 ステージ系でも、ナナニッパを装着すれば、105-300mm F2.8になる。200-300mmが100-400mmを使わずにカバー出来るというのは意外と嬉しい。

2台体制の場合のイメージ

 どうしても、APS-C機となると望遠優先になるので、組み合わせとしてあるとすると、

 スゴい!。見事に焦点距離バッチリカバーしてくれてるじゃん!。もちろん、もうちょっと望遠が足りなければ、

 という組み合わせも悪くない。

単焦点の焦点距離を伸ばす

 α7III導入の時はどちらかというとマイナスのイメージで捉えていたが、考えた方によっては、APS-C機で使うことによって、焦点距離を伸ばせるというメリットもある。

 個人的に少し気になっているのは、85mmと135mm。もちろん、135mmはまだ発売されていないけど、これらを使うと、130mmや200mmでF1.8相当で使える。これは間違いなくしゃんしゃん祭にはもってこいだと思う。

 ふと思ったが、あえてフルサイズ用のズームレンズをAPS-Cで使うというのも悪くない。

 意外といいなぁと思ったのは24-105mm F4。36-157.5mmだと、グリッドウォークなんかの撮影をするには、めちゃくちゃいいかもしれない

APS-C機だけで運用する可能性

 では、APS-C機だけで運用をするという可能性はあるだろうか。

 というのも、私の場合、昨年の夏にα7IIIを購入する際に、APS-Cレンズは一式全部処分してしまった。おかげで、α7IIIをほとんど投資なしで購入出来たのではあるが、正直、後ろ髪を引かれる思いがしていたのも事実。なので、もしα7000を購入したとしても、私の手元にはAPS-C対応のレンズは1つも無いのだ。

 という感じで、気になるとすれば、SEL1018の広角レンズとSEL18135の高倍率ズーム。いろいろ考えると、ホントは18-135mm(35mm換算27-202.5mm)ぐらいは持っておきたい気はするんですよね。確かに、防滴対応じゃないし、広角側が18mmスタートというのも不満点なんですけど、これ1本でどうにかなると思えば悪くないかも。

SEL18135を手にするなら、あえてα6400とのセットを買うという選択肢

 ある意味、今回の本題はここ。つまり、SEL18135を今後、手にしようと思うのなら、α7000が登場するまでのつなぎとして、α6400の高倍率ズームで買って、α7000が登場したらα6400を下取りに出すというもの

 例えば、SEL18135mmを普通に購入しようと考えた場合、

 となる。一方、α6400の高倍率ズームセットだと、

 になり、実質4,000円で手に入ることになる。このレベルなら話は面倒ではないのだが、今回はここに20,000円のキャッシュバックがある。

 つまり、単純にα6400のボディだけを購入することを考えても、1,000円ちょっとだが、高倍率ズームで買った方が安いようだ。問題はα6400の下取り価格だが、普通に考えてもキャッシュバック込みで9万円ちょっとなので、7万円前後がいいところか。そうなると、実質2万円でα6400が数ヶ月使えるということになりそうだ。

 これ、SEL18135を無視した金額で計算をしましたが、もしSEL18135を中古で購入したとして試算すると、

 これで、α6400が下取り7万円だとしたら、実質6千円でα6400が数ヶ月使えるって話ですよ。もし、6万円だったとしても、1.6万円です。

 これ、買っちゃうかなぁ…。

α6400発表(2019.01.16)

α6400の発表

 昨年の秋からAPS-C機のフラッグシップが出てくるだろうと噂されていた中で、この数日で、「いや、先にα6400が発表されるみたいだぞ!」という噂に変わってきて、ポンと出てきたのが今回のα6400です。

冷静に考えれば納得の位置づけ

 私はここ最近、カメラにこうも詳しいと、「カメラ欲しいんだけど、いいやつないですか?」という相談を受けるようになった。特に、案外多いのは子どもが出来そうなので、欲しいと。そんなときに、いろいろな選択肢の中で、勧めるとなると、どうしても子どもが小さいうちは室内撮りが多くなるわけで、それを考えるとある程度センサーが大きい方がいい。そんなことを考えると、どうしても選択肢はAPS-C機にたどり着く

 もはやレフ機の時代ではないので、ミラーレスで…と考えると、SONY・Canon・FUJIの3社。FUJIも悪くはないが、誰もが使えるという感じではちょっとクセがあるカメラで、あれは子どもを撮るというよりも、やはり写真好きが持つメーカーだと思う。Canonとなると、オススメはどうしてもkiss Mになる。そのブランド力もさることながら、とりあえず「このカメラ持っておけば、そうそう困らないでしょう」という80点な感じはある。しかも、安いという点もある。

 じゃあ、そこでSONYは何を勧めましょうと考えると、AF性能だけでいえば、α6000でも十分kiss Mは上回る。ただ、α6000だとSONYのウリである瞳AFがAF-Cで使えない。動画も4Kが撮れない。それを考えると、α6300を勧めたくなる。しかし、α6300も致命的な欠点を持っていて、それはタッチ液晶に対応していないということ。やはり、パパママカメラでライトユーザーが使うときに、タッチパネルに対応していないというのはいささか致命傷だ。そうなると、α6500になってしまう。

 もちろん、回答としてはそれでいいのだが、なんとも子どもを室内撮りするのにα6500というのはオーバースペックだ。バッファーもそんなに使わないし。それならα6300を進化させて、タッチパネルに対応して、どうせなら180度チルト液晶にして自撮りも出来ますよ、というのが単純にα6400の位置づけだと思う。

スペックを整理してみた

α6000 α6300 α6400 α6500
画素数 2,430万画素 2,420万画素 2,420万画素 2,420万画素
AFポイント 位相差:179点
コントラスト:25点
位相差:425点
コントラスト:169点
位相差:425点
コントラスト:425点
位相差:425点
コントラスト:169点
AF速度 - 0.05秒 0.02秒 0.05秒
AF輝度 0~20 -1~20 -2~20 -1~20
瞳AF AF-C非対応 AF-C対応 リアルタイム瞳AF
(左右切り換え可)
AF-C対応
動物瞳AF × ×
(2019夏アプデ)
×
登録顔優先 おそらく
サイレント撮影 ×
連写 Hi+:11コマ/秒
Hi:6コマ/秒
Hi+:11コマ/秒
Hi:8コマ/秒
Hi+:11コマ/秒
Hi:8コマ/秒
Hi+:11コマ/秒
Hi:8コマ/秒
高速
ライブビュー
非対応 Hi:8コマ/秒以下 Hi:8コマ/秒以下 Hi:8コマ/秒以下
バッファー JPEG 49枚
RAW 21枚
JPEG 44枚
RAW 21枚
JPEG 99枚
RAW 46枚
JPEG 233枚
RAW 107枚
手ブレ補正 × × × ボディ内5.0段
EVF 0.39型
144万ドット
0.39型
235万ドット
0.39型
235万ドット
0.39型
235万ドット
液晶 3型TFT
92.1万ドット
3型TFT
92.1万ドット
3型TFT
92.1万ドット
3型TFT
92.1万ドット
上90°、下45° 上90°、下45° 上180°、下74° 上90°、下45°
タッチシャッター × × ×
タッチフォーカス × ×
タッチパッド × ×
タッチトラッキング × × ×
インターバル撮影 × × ×
水準器 × おそらく
マイク入力 ×
NFC
動画 フルHD 60p 4K 30p 4K 30p 4K 30p
スロー撮影 × ×
重量 285g 361g 359g 410g
グリップ形状 C B B A

 改めてこうやってスペックを並べてみると、正直、α6400の無双感がハンパない。しかも内容的に結構エグい。

 まず、AF関係はおそらくセンサー自体はα6300/6400/6500ともに同じものを使っている気がするが、α6300よりα6500の方がAFが進化していたのと同じように、α6400が新しいだけあって性能が向上している。α7系でもそうだが、結構コントラストAFの測距点が増えているのは地味に大きい。そのため、AF速度0.02秒でα6000系で最速だし、暗さにも一番強い。そして何より瞳AFがリアルタイム瞳AFに対応して、シャッター半押しで自動的に瞳AFが作動する。しかも、左右切り換えが可能だ。さらには、今年の夏のアップデートで動物の瞳AFにも対応する。もうこの時点で、α6500をバッサリ切ってしまっている。

 あとは、液晶関係で、上方向が180°のチルト液晶になったことで自撮りが可能。さらに、タッチパネルに対応したのはもちろんのこと、α6000系では初めてタッチシャッターにも対応した。これは、α5000系ユーザーの取り込みも意識したはず。

α6500のアドバンテージはボディ内手ブレ補正とバッファーのみ

 では、なぜα6600ではなく、α6400なのか。それは、α6500のアドバンテージがボディ内手ブレ補正と大容量のバッファーという2点があるからだ。おそらくネーミング的な問題は前者の影響が強いだろう。

 ただ、そもそもAPS-C系のレンズは手ブレ補正を搭載しているものがほとんどだし、あったに越したことは無いが、価格を抑える意味ではそこは搭載しなかったのだろう。さらに、バッファーも確かにα6500の方が倍ぐらいあるとはいえ、それでもα6300の2倍はある。JPEGなら秒間11コマで撮ったって9秒も撮れる。普通に使う人なら、それで問題が無いはずだ。

キャッシュバックもあり、明らかにkiss Mにぶつけている

 今のところ、まだ販売店が単価を出していないものの、

『α6400』 ボディ ILCE-6400  110,000円前後
『α6400』 パワーズームレンズキット ILCE-6400L  120,000円前後
『α6400』 ダブルズームレンズキット ILCE-6400Y  140,000円前後
『α6400』 高倍率ズームレンズキット ILCE-6400M  150,000円前後

 と、やはり気持ち値段的には高いが、それでもα6500の価格を考えれば、ある意味妥当な価格設定だ。さらに、恐ろしいのが、キャッシュバッグキャンペーンだ。

 競合他社だと発売直後にキャッシュバックをやるのはよくあるのだが、SONYというメーカーは発売間もないモデルにキャッシュバックを組むということは、私が知っている限り無いような気がする。

 このやり方を見る限り、本気でkiss Mにぶつけてきているような気がする。おそらく、価格面でいけば、キャッシュバックを加味しても、少しα6400の方が高いかもしれないが、瞳AFの性能や動物AFにも対応することなどを考えれば十分。たぶん、子どもが産まれるタイミングに買ったとしても、数年後、動き回る子どもを撮るのも全然楽勝だろう。しかも、レンズも明らかにEマウントの方が豊富だ。今年はサードパーティーから望遠レンズが出るという噂もある。

 実は、先日まで「SONY勧めたいけど、無難だとkiss Mかなぁ」と言っていた自分がいたけど、こうなると、「もうα6400買っちゃいなさい!」って全力でプッシュしますな

2018年のアクセスランキング(2019.01.01)

 年も明けたということで、今年も昨年のアクセス状況を細かく見ていきたいと思います。

アクセス推移

 色分けをしていますが、2015年12月からレスポンシブ化をはかり、そして、2018年7月から新しいサーバーに移転をしました。その関係で、例年だと夏にかけて多いアクセスが減ったと思われます。

 それは、前年対比のグラフを見るとハッキリしています。ただ、お陰様で9月以降は前年対比で100%を越えています。地味に大きいのは、今年から鈴鹿1000kmが無くなったこと。例年、この鈴鹿1000kmに向けての記事だけで6,000アクセスぐらい減ってますからね。

モバイルアクセス

 モバイルのアクセスは、去年は60%前後で推移していましたが、ここ最近、じわじわと高くなっています。やはり、もうこれからはPCからではなく、スマホやタブレットの時代なんでしょうね。

年々モータースポーツ色が強くなる

 やはり、トップページのアクセス数が第1位なのは、必然なので、事実上2位が、ページとしては第1位ですよね。

【年間ランキング2018】第2位(前年3位、PV前年比92%)

サーキット撮影のススメ【マシン編】

 私が、サーキットで本格的に撮影するようになったの2013年からなので、もう4年ばかりになります。それまでは、今とは真逆なぐらい、風景とか花とか、止まっているものばかりを撮影していたのですが、「新しいものに挑戦しなければ…」と思って、試しに2013年の春に岡山国際サーキットのファン感謝デーに行ったのが始まりでした。

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 なんと昨年第3位だったサーキット撮影のススメが第2位。それでも、実はアクセス数としては前年比92%と減ってしまっての2位です。

 ということは…

【年間ランキング2018】第3位(前年第2位、PV前年比63%)

岡山国際サーキットガイド Part.3 アクセス&駐車場編

 はてさて、チケットをどうにか確保したところで、当たり前ですが、サーキットに向かう必要があります。ただ、国内のサーキットは鈴鹿以外はたいていそうですが、山の中にあります。なので、正直言って、公共交通機関で行くには最寄駅からも遠く、路線バスの走る路線ではないので、あまり適していません。

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 2年連続の第2位だったのですが、3位に後退です。というか、アクセス数が前年比で2/3に減ってしまっているというのが大変心配です。1つは今年は岡山国際サーキットで開催されたレースが軒並み天候が悪かったというのもあるんですよね。

 なので、このあたりはテコ入れをしようかなぁと考えております。

【年間ランキング2018】第5位(前年220位、PV前年比8,671%)

サーキット撮影のススメ【Eマウント機でサーキット撮影は出来るのか?】

 一昔前までは、「サーキットでのマシン撮影は一眼レフ」というのが、当たり前というかある意味常識でした。ただ、ここまでミラーレス機が進化してくると、サーキットでのマシン撮影もミラーレス機で出来ないのか?と思う人も少なくないと思います。そこで今回は、実際に私が撮影しているEマウント機での撮影のあれこれを参考までにまとめて見ましたので、是非参考にしていただけると幸いです。

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 そんな中で、非常に大きくアクセスが伸びたのが、第2位のサーキット撮影のススメのEマウント特化記事。昨年11月に新しく立ち上げた記事ですが、やはりそれだけ注目を集めている証拠ですよね。ここ3ヶ月は月間4位を続けていますからね。

RQ記事は顕著な伸び

 モータースポーツ系といえば、RQ記事も相変わらず顕著な伸びです。

 去年も、最高位が4位でしたが、やはりSGT開幕戦はアクセス数は断然伸びますからね。あと、結構意外だったのが2017年の記事で、

 と結構上位にいます。なんなら、大阪オートメッセは2018年と2017年がほとんど同じぐらいのアクセス数です。

 MSが普通の記事、MS-RQがRQ記事、MS_Anyがサーキット情報とかその他の記事です。

 これを見るとよく分かりますが、以前から3~4月のSUPER GT開幕戦の時期に岡山国際サーキットのアクセスと駐車場記事が伸びているのは例年通りですが、実はサーキット撮影記の記事とRQ記事だと、RQ記事の方がアクセス数が多いんです。これって、結構意外。

 その中を細かく見ると、同じRQネタでもその年の記事がよく読まれているのは当たり前なのですが、実は案外前年の記事も読まれたりしているんですよね。

 そういう意味では、普通の撮影記の記事も同じです。ちなみに、先程の上のグラフと縦方向の目盛は同じです。ということは、それだけやはり撮影記の記事が少ないということ。

 ちなみに、これは撮影記とRQの記事合算の枚数にした場合での年間アクセス数の割合。先にも述べたとおり、SUPER GT開幕戦のRQ記事のアクセスが多いので、実はSUPER GTネタが全体の半分。まあ、これはそうでしょうね。

 では、その次は?と考えたときに、実はS耐なんですよね。今回のデータには付けていませんが、他のカテゴリーは年間で多い時期と少ない時期があるのですが、S耐は年間通じて安定してアクセスが多いです。

 そして、その次はなんとサーキットではなくオートメッセ。といっても、実は2017年と2018年の2年しか参加していないのですが、存在感を残すアクセス数なんですよね。こりゃ、今年も行くしかないかな。

カメラ記事は躍進

 モータースポーツ記事と合わせて、カメラ系の記事のアクセスもなかなか安定しています。

【年間ランキング2018】第6位(前年55位、PV前年比494%)

SONY/α7RIIIを購入&ファーストインプレッション(2017.11.25)

 買っちゃいましたよ、α7RIII。数年前までは、「フルサイズには手を出さない」と思っていたのに、昨年末にα7IIを購入し、α7III(仮)の登場を待っていたはずが、気づいたらα7RIIIですよ。 【続きを読む】

 これまで、α6000系の記事が上位だったのですが、やはり今年は明らかにα7RIIIのアクセスが多いです。

【年間ランキング2018】第17位(前年-位、PV前年比-)

SONY/α7IIIを購入&ファーストインプとゆかいなレンズ達(2018.7.29)

 気づいたら買ってしまいました。まあ、でもお陰でしばらく買うことはなさそうです。 あれ?、α7IIIはスルーするんじゃなかったの?って言われそうですが、一様私の中でいろいろと考えた末の話です。まあ、ちょっとした衝動買いという面が無いことは無いですが、ある程度考えた上ですからね。 【続きを読む】

 ただ、実は今、一番勢いがあるのはα7IIIの記事なんです。11月・12月と月間2位なんですよね。やはり、それだけ注目のカメラってことですよね。今年はコイツが結構上位に来そうな気がします。

 こちらは、カメラ記事の中で、過去2年間の月別の推移です。これを見て頂いたら分かる通り、これまで圧倒的に多かったEマウントのAPS-C機のアクセスが多かったのに、この年末にはフルサイズFEとほぼ互角にまで来ています。

 あと、以前からそうなのですが、実は意外とRX100系の記事も安定してアクセスがあるんですよね。

やはりα撮影記はあまり伸びない

 昨年も同様のことを述べたのですが、やはりサーキット系を除いたα撮影記は、悲しいかな、あまりPV数が伸びません。

 これが、全体のアクセス数に対して、ある程度カテゴリー訳をしたアクセス数。α撮影記はなんと一番下にある水色のグラフなんですが、実に低いです。

 それを月ごとの割合ベースに直したものがこのグラフなのですが、α撮影記って、実は月ベースでいくと全体の2%台しかないんですよね。実に悲しい…。

 年間ランキングで見ると、65位の結婚式記事が最上位で1,005pv。ちなみに、今年のα撮影記で最上位は、ポピー祭で130位・476pv、次が133位の船上山さくらまつりで474pv。何なら年間100pvもアクセスがないページがゴロゴロとあるんですよね…(T^T)。といっても、私自身の撮影記録みたいなモノなので、消すわけにもいかず…ただ、この事実を見てしまうと、Picasaからの写真の張り替え作業が億劫になっちゃうな。

 ちなみに、先のグラフを見て頂いたらよく分かりますが、モータースポーツ系の記事で全体の40~50%を占めています。さらに、カメラ系が20~30%を占めていて、この2大カテゴリーだけで全体の70%ぐらいのアクセス数を稼いでいます。トップページが10%ぐらいあるので、こう見るとスゴイですね。